パンドラの匣を開ける

私たちは自分の見たくない過去や辛かった出来事から目を逸らしてしまいます。今回はそういった過去をパンドラの匣(はこ)と呼ぶことにします。私たちはみな誰もが多かれ少なかれ匣を持っています。もちろん私もたくさんの匣を持っています。

今日は匣との付き合い方について考えます。もし、あなたも思い当たる匣があるのなら、何かのお役に立てるかもしれません。

 

目次

 

  • たくさんの匣を抱えながら生きる

現代社会は私たちが生きようとすればするほど、匣が増えていく仕組みになっています。特に人間関係の摩擦から生まれる匣は枚挙に暇がありません。人間関係でなければ、それはお金かもしれないし、組織のルールかもしれません。ある人は物心がついたときから既に匣を持っていることもあるでしょうし、またある人はつい最近匣を増やしてしまったということもあるでしょう。

匣を抱えながら生きているのはあなただけではないので、それで孤独に感じる必要はありません。私自身、思い出すだけで衝動的に高層ビルから飛び降りたくなるような匣をたくさん持っています。光が当たれば、その後ろに影ができるように、匣があること自体は悪いことでも何でもなく、とても自然なことです。

 

 

  • 匣に押し潰されそうになる

私も匣の重さに苦しめられることばかりです。もがけばもがくほど、匣はその重みを増していきます。忘れようと思って日常に戻っても、ふとした瞬間にまた思い出されて、というループが続きます。ずっと一人で考え込んでいるとひどく落ち込みます。何もかも投げ出したくなる時があります。生きていくだけなら、向き合わなくても生きていけるけど、勝手に向き合ってしまう自分の面倒な性格が嫌になります。

もしあなたも匣を抱えていたら、向き合いたくない時に無理して向き合う必要はないです。向き合いたいと思えた時に向き合えばいいと思います。

 

 

匣を開けてでも何かを乗り越えたい、壁を壊したい、今までとは全く違う自分に生まれ変わりたい。そんな風に思えた時は、匣に向き合う絶好のチャンスです。

もしあなたに匣を共有できる人がいるなら、その人に話すと良いと思います。相手は家族かもしれないし、恋人かもしれないし、親友かもしれないし、会社の同僚かもしれません。1人に話せば匣の重さは半分になり、2人に話せば匣の重さは3分の1になります。痛みを分かちあえること自体、本来とても幸せなことです。

もしあなたに匣を共有できる人がいなくて、それでも匣を開けざるを得ない時は、自分が今思っていることを紙に書くのがオススメです。落ち着いて周りを見渡して、自分が今いる場所を確認して、深く息を吸い込みます。足の裏から全身にかけて感覚を研ぎ澄ませて、今自分が感じている感情を外に出してみましょう。自分を客観視して、第三者的に自分を俯瞰する鳥の目を持つと、いろんなものがよく見えるようになります。

 

  • 私はこのブログで一つ一つ匣を開けていきます

私自身、最近片っ端から匣を開けている感覚があり、少し感覚が麻痺してきました。達成したい目標があって、そこに向かって走っている時は毎日がとても充足する一方で、見たくないものを見つめる時も出てくるのだと思います。今この記事を書いててふと思ったのですが、自分の匣をネット上で晒すとか正気の沙汰ではないですね(笑)

それでも私は前に進みたいです。使えるものは全部使って、傷を負う覚悟で前に進みます。

もしあなたもパンドラの匣を開けたいと思っていらっしゃったとして、このブログが少しでも何かのヒントになれば、こんなに嬉しいことはありません。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。